よろず無駄無し屋

すこしばかり角度の違う視点をスパイスにどうですか?

チキンが演じるかぶき者として逃げ切る

 

こう立ち回ればこういう印象を他人に与えることができる、などと常にしたたかに考え続けているフシがある。

言わば自分の魅せ方というやつかね。

唯一無二という称号を現実世界では手に入れた。ご満悦だ。悪くない。

できれば死ぬまでそう呼ばれ続けたいとつよく願っている。

ところが図々しいことに現実世界だけでは飽き足らず、今度はネットの世界でもそう呼ばれたいと望むに至る始末なのである。アグレッシブでいいじゃないかと自画自賛する。

誰にも書けない自分だけの文章

このブログの世界の住人であれば、誰もが求めるものなんじゃなかろうか。

求めるが故に精進する。苦労する。思い悩む。

結構なことだ。大いに七転八倒四苦八苦しながら、その苦味を味わおうじゃないか。

苦味を噛み砕き、それを飲み込んだ時に人は成長を手に入れることになると信じて疑わないよ、僕は。

その先に自分の求めるものがあることを否定するのは仏陀でさえも無理なことだ。

何故ならばそれは真理であるから。

共感は得られるだろう、とは思っているよ、勝手に。

一度手に入れた、一番望んでいるものを持ったままどうにか逃げ切りたいのよ。

その為には、他の重荷になるようなものは全て手放しても惜しくはないね。

多くの他人から見て常識人と言われるようでは面白くないしなぁ。全然魅力を感じない。

マジョリティから批難が殺到するくらいのマイノリティでないと生きがいを感じられないのは、これは持って生まれた性であると解釈することにしている。我ながら難儀な性だ。

正気狂気のスイッチを自由自在に、躊躇なくポチッと押すには、胆力というものが不可欠。

文章を書くには、文章の知識を身につける前に、まず胆力を練ることが先決だと考えているんだ。というか、胆力を練るという営みは、文章を書くことに限らず、全てのことにおいての大前提だと言っても良いような、悪いような、いや、良いな、うん、良い。あえて言い切ろう。

色んなことを批判を恐れずに言い切って逃げ切りたいね、チキンが演じるかぶき者として。


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リアルではそうやってきた。なんとかかんとか波風をあえて立てながらも今日まで生き永らえてきたというふうな自負はあるよ。実はチキンだけれどもね(笑)

なにも炎上を狙っているわけではないけれど、炎上も辞さない腹はくくってものを書きたい。

まぁ炎上もなにも、まずはたくさんの人に自分の文章を読んでもらわないことには、なんも始まらないからね。そこは時間をかけて地道に行くよ。3年1000記事を目処にね。

もう、毎日何回でも常に心の中で静かにゆっくりさながらマントラの如くに唱えたいのは、

継続は力。という短い一文だ。ありがたいお言葉だ。あぁありがたや、ありがたや。

 

とにもかくにも此処ブログの世界でも唯一無二の称号をなんとか手に入れて、手に入れてからが本当の勝負だという油断しない姿勢を崩すことなく逃げ切るつもりの無駄無し屋なのである。


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