よろず無駄無し屋

出たとこ勝負な文章ゆえの生々しさ

何でもいいし、どうでもいいし、どっちだっていいんだ。

 

自分の表現方法は言葉。

このブログにおいては文章。

 

何を題材にし、それをどのような言葉を用いて表現するか。

題材選びは表現の自由によって、どのような言葉を用いるかは自由な表現によって成り立つ。

自分の書きたいことだけを書き、書きたい言葉だけを使って表現を完成させたい。

 

文章を書くに当たってのセオリーというか基本というものがあるのかもしれないが、自分は知らない。なにせ中学の成績表は全ての科目で5段階中のオール1。

工業高校に定員割れで入ったものの、途中で「やめてくれ」と、担任の先生に頼まれて中退。

以後、まともな勉強というものはしたことがない。

そんなレベルの人間である。

だから今、このように文章を毎日書いてはいるが、それが文法的に正しいのかどうかもわからないし、ほかにも間違いは色々とあるのかもしれない。

 

ただ、別にここは文法の正しさを競う場所ではない。

自分の考えを伝える場所だと自分は思っている。

要するに多少の文法的間違いがあったとしても、自分の言いたいことが相手になんとなくでも伝わりさえすればそれでいいという場所でしかない。

 

更に一般的には好ましくない題材、表現方法も生々しい文章を目指している自分からしたら必要なものであるので、積極的にそういうのも使ってゆきたい。

元々育ちが悪い人間であるので、教養というものには精通していない。

しかし、だからといって文章を書く資格がないということにはならない。

教養がない者にはない者なりの考えや主張があるからだ。

底辺から頂点まで、ありとあらゆる思想があり需要があると思っている。

 

自分からしたら安倍晋三さんの奥行きの感じられない発言よりか、そこらのホームレスのおじさんと会話した時に聞いた言葉の方がよっぽど面白かったし生々しかったし深かった。

自分はどうやら社会的底辺に属する人間であるらしいことはこの一件一つとってみてもわかる。

 

しかし底辺というのも満更捨てたもんじゃない。

底辺の中にもルールもあればモラルもある。

それは頂点のそれとは同じではないかもしれない。

というか、むしろ頂点のそれよりも純粋でいてまともなものかもしれないという感さえある。

こういうことを頂点の人が聞くと鼻で笑うかもしれないね。

でもこちらもあなたがたの話にはなんの真実味もないと鼻で笑うこともあるかもしれないよ。

 

自分の文章がどういう人に受けるのか、はたまた誰にも共感されない異端なものなのかは自分には分からない。

分からないから確かめてみたいという好奇心がこうして文章を書かせている。

誤解しないでもらいたいが、自分の書く文章が立派だとは9割がた思っていない。

一割ほどは思ってるが別にそれは自分の胸の内にしまっておくだけのことなので問題ない。

 

誰かに気に入られようなんて気持ちや、遠慮しようなんて気持ちは更々ない。

そんな気持ちを持って書いたってなんも面白くない。

料理でいうところのゲテモノ扱いでも構わない。

 

自分にとって文章とはストレスを溜める為のものではなく、ストレスを発散させる為のものだ。

そのストレスを発散してく様を見て誰かが何かを感じることがあればそれは儲けもんだ。

好みが別れる文章がいいね、無難なことを書かなくてすむから。

 

一応アドセンスを行使してはいるけどね、このままで行って金が発生するんなら喜んでいただくけれど、このままのスタイルでは駄目だと言うんなら別にいらないよ、そんなはした金。

どっちだっていいんだ。

つよがってるわけじゃないよ、別に。

 

このブログという場は自分にとっては神聖な場所だ。

だからこそ不純物は取り除きたい。

アクセス稼ぎや広告収入を最重要とする姿勢は自分にとってはであるが、不純物。

それらはあくまでも副産物とするから有益なんだという向きが純粋。

 

なんだか今日も書いてて気持ちがいいなぁ。

スッキリするというか、清々しいというか、まぁとにかく気持ちがいい。

文章を書いてこんなに気持ち良くなれるんなら、ちゃんと国語の勉強でもしとくんだったかな。

いや、そういう考えはよくないな。

そういう遠回りも人生の味わいの一つだと思うことにしよう。

 

何でもいいし、どうでもいいんだ。

今が楽しいと思えるんならね。


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