よろず無駄無し屋

妖しい空気と魅力が漂うブログ

面白い話

 

タイトルに面白い話なんてつけてしまうと些か荷が重いようにも感じるわけだが、そこはとっておきの話をここに書き記すことで面目の躍如としたい。

 

さて、貧乏暇ありな自分の日頃の暮らしといえば、散歩、読書、ブログといった別段特筆すべきこともない平々凡々なものであるからして、そこからこのページを開いてくれた読者の皆さんを面白がらせるようなものを拾いあげることなどそう容易いことではない。

 

が、しかし、しいて挙げるとするならば、その精神的な営みであろうと自分では思っている。

では一体この平凡なる凡夫の暮らしの中において自分がどのような精神的営みに励んでいるのかをこれから書いてゆこうと思う。

 

まず、朝の目覚め。

心地よい眠りから覚めて意識を取り戻した瞬間から頭というか心によぎるのは感謝の念だという心境は、ここ3年ほど続いている今や当たり前の習慣のようなものだ。

起きた瞬間から気分が良いなんて自分は本当に幸福者だなとつくづく思うわけなのである。

まぁまずはこの写真を見てもらいたい。


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筆で文字を書き始めた4年ほど前になんとなく書いて部屋の壁に貼ったものだ。

この見事なまでに崩れた書道のセオリーを全く知らない自分が魂を込めて書いた一書が、朝の目覚めと共に有無も言わさず目に飛び込んでくるという仕組みになっている。

 

そんな仕組みも4年も経てばそれなりの効果を発揮するようで、今ではありがたいことに自己洗脳に成功し、こうして毎朝森羅万象全てに対してありがとうという感謝の気持ちを持ちながら起床することができている。

 

それからもう一枚。


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先の文字と時を同じくして書いたものである。

これなどは何を書いているのか判別も難しいくらいの文字であろうからここに改めて書く。

 

自分を信じきれる者こそが本物のアーティストなんだ

 

と、書いている。

これも目覚めと共に目に飛び込んでくる所に貼り付けられている。

このような自己信仰も4年も続ければ大したもんだと思っている。

 

そんな感じで凡夫の朝は始まるのである。

 

問題は起きてからだ。

 

とにかくかねてからの願望であった40で一般的な社会生活というものから引退するということを実現したのであるから、その状況といえば定年を迎えたお爺ちゃん、もしくは引きこもりのニートのそれとなんら変わりはないといってもさしつかえはない。

 

ただ、違うのはお爺ちゃんよりも若く体が元気で、引きこもりのニートよりも日々が希望に満ちているといったようなところであろう。

そして最低限の生活はできるほどの不労所得的な収入があることでこの暮らしは成り立っている。

 

だから時間はすこぶるある。

こんな生活を一ヶ月ほどであるならばともかく、一年半ほども続けていれば健全なる紳士淑女の皆さんがたならば、暇をもて余し社会復帰を望むところではないかと思われる。

 

ところが自分の場合は時が経てば経つほどにこのような暮らしに馴染み魅力を感じ、せっかくいただいたこの有り余るほどの時をどのように使うことが人生を充実したものにできるのかということを考えるのに大方の時間を割いてきたのである。

 

その結論というものは未だ決着が完全にはついておらず、ここまで来るとそんな決着をつけること自体が野暮なことであるというふうにも思えてきていることはどこか喜ばしさを感じていはする。

 

結局はたまたま自分はこういう暮らしを好むタチであっただけの話であって、それを何の疑いも持たず、ただ純粋に求め続けたが故の結果が今のこの暮らしだったということになり、それから先のことは、もう言ってしまえばどうでも良いというのが結論というか本音であるのかもしれない。

 

だから別段特別なことをしないでも、こうしてのんびり散歩や読書、書きたいことを書きたいように書くブログなどに楽しむことで実はもう充分満足しているフシがある。

 

もはや普通の、俗に言う生産性のある社会に貢献する暮らしというものは誰がなんと言おうが求めないし、戻る気はない。

 

何を以てして生産性のある暮らしとするかは政府や世間に決めてもらわないでも自分で決める

 

この世の中でただ、空気を吸って生きているだけでも捉え方によっては充分生産性は見出だせる。

あんまり世間の風潮に流されるのは好みではない。

価値というものは存外デタラメでいい加減なもんだと思っている。

独立独歩という言葉が好きだ。

 

この先自分の人生がどう展開されてゆくのかそれは天のみぞ知るところである

 

と、いうふうな考えのもとにこの有り余る時間を持つ社会不適合者の凡夫は今日も静かなる瞑想へと入ってゆくのである…

 

タイトルに面白い話と書いたが、100人がこれを読んだとして99人は面白くないという感想をもつであろうことは想定の範囲内である。

 

しかし残りの一人、そうそこのあなた

僕にはあなたがニヤッとするところが鮮明に想像できるよ。


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