よろず無駄無し屋

妖しい空気と魅力が漂うブログ

ネットサーフィンの醍醐味


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ネットサーフィン、略してネサフ。

いたずらに時を過ごす昼行灯にはこのネットサーフィンはもってこいな遊びである。

 

そこは知の宝庫であり、わからないことはないくらいの勢いであるから一日中画面にはりついていても目の玉が疲れることこそあれ、飽きるということはまずもってない。

 

まぁ昔インターネットなんかなかった頃に読書に精を出していた部類の人間と大きくジャンル分けすると同じになるんじゃなかろうか。

知的好奇心を満たしたいという欲求を持っているという面か点においては。

 

平成にして最高の文明の利器とも言えるスマホなんかはインターネットを一般に普及させた立役者でもある。

自分もつい三年前に遅ればせながらもこのスマホを手に入れた人間だ。

当初はたいした使い道もあるまいと、その薄っぺらくデリケートそうな長方形の物体をいささか侮っていた感があった。

 

が、しかし今となっては悔しいが頼れる相棒であることを認めざるを得ない。

なにせ知の宝庫であるだけにとどまらず、可能性の宝庫でもあるのだから。

 

ところで自分はサーフィンなどという洒落たスポーツを経験したことはないしがない田舎者だが、見聞きしたところによると、波に乗るにはスキルがいるらしいのは無論のことであるようだ。

 

こういった道理はネサフにおいても言えることである。

ただやみくもに目の前に現れる情報に翻弄されるだけでいては波に飲まれているに等しい。

うまく情報という波に乗ることがこのネサフを有意義でエキサイティングなものとする。

 

では情報の波に乗るとはどのようなことであるか。

それはやはりまず第一に自分が求めている情報がどのようなものであるかを明確にすることだ。

行き先が明確でない場合のネサフは迷走しがちであまり充実感を味わえない。

具体的にいうと、的確な質問を打ち込むこと。

これはもはやネットを相手取った新時代の問答でもあるのである。

 

自分の知りたいことに対するキーワードの選別から始まって、出てきた情報の中からより良いものを見つけ出し、そこに求めていた答えがドンピシャで現れた時の達成感と安堵感。

これこそがネットサーフィンの真髄であり醍醐味であると自分は思っている。

 

毎日、それこそ日課のようになっているネットサーフィンだからこそきちんと楽しめて、かつそれだけでなく有益な情報をもきっちりちゃっかり手に入れるという結果に至るところを着地点としたい。

 

たかがネサフ。されどネサフ。むしろ意味不。

うまく波に乗ることができれば運命さえも変えてしまう力を秘めている。

と、自分は思っているのだけど、そこらへんどうだろうか?

大袈裟かな、やっぱり意味不か…まぁいいさ。

 

 

などと考えながら今日もせっせと波乗りに勤しむ無駄無し屋であった。