よろず無駄無し屋

出たとこ勝負な文章ゆえの生々しさ

フィリピーノとの一日

 

フィリピーノに我が地元の因島を案内した。

梅雨の晴れ間はあっさりとした暑さで島特有の潮風が心地よい。

 

まずこのフィリピーノ、日本語は難しいとみえてなかなかおぼつかない感じなので細かいやり取りは困難だと判断し、とりあえず古典的パフォーマンスの一つでもある「加トちゃんペッ!」を教えておいた。


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カトチャンペッ!を体得した図

 

なにやらわけはわかっていないが嬉しそうであったので何よりだ。

これさえ覚えておけば嫌われることはあるまいとの安堵感と、してやったり、ウフフというイタズラ心が満たされて大満足。

おそらく彼はこれからことあるごとにこのパフォーマンスを日本人相手に半ば得意気に披露してゆくことだろうと想像すると、そこには微笑ましい人種の壁を越えた友好的な未来が見えてくるというものである。

 

 

白滝山という地元じゃ有名な山に登ると頂上には鐘がある。

頂上から眼下に広がる多島美を堪能しながらの鐘突きはなかなか爽快なものがあるので二回突いておいた。

もちろんフィリピーノも喜んで突いていた。


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ごぉ~~ん、という鐘の音が辺り一面に響いていく情緒溢れるアトラクションの一つである。

 


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何回来ても飽きのこない豊かな自然がここにはある。

そんな自然のなかではジャパニーズもフィリピーノもない。言葉もさほど重要なものではなくなる。

ただただ黙ってその景色を視覚で堪能し、うまい空気を肺一杯に吸い込んで吐き出すだけで充分なのである。

 


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青い空、緑の大地、うまい空気、穏やかな海。

 

こんなシュチュエーションのなかではね、人間は本能的な喜びを感じるものでね、言葉はうまく伝わらなくともハッピーな気分にはなれるものなんだよね。

 

 

 

先日この島では海開きであったようだ。

今度は彼を海にでも連れていってみようかと思っている。


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