よろず無駄無し屋

出たとこ勝負な文章ゆえの生々しさ

個人的見解をつらつらと


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はい、無駄無し屋です。こんにちは。

それでは本日二本目の駄文を綴っていきましょう。

 

台風はどうやら遠退いたみたいです。家の外の鉢植え植物はひっくり返っているものもありました。でもまあそれくらいの被害で済んだことに感謝しなければなりません。

ありがたや、ありがたや。

 

午前中の曇り空に強風といった台風の症状とは打って変わって、現在は穏やかな青空が広がっています。午後からの洗濯は問題無さそうです。気象自体は問題ないのですが、実は昨日の夕方に野良猫が洗濯機の上に乗っかってくつろいでるのを確認したのですが、その猫がどうやら吐いてしまったようなのです。洗濯機の上から猫は消えており、そのかわりに嘔吐物が鎮座しておりました。これは非常にやれやれな状態であるといえます。なので、午後からの洗濯の前にまず、洗濯機自体を洗わなければならないという事態に陥ってしまったようなのです。

 

この辺りは田舎で、どこの猫も放し飼いですし、そのせいか野良猫がすこぶる多いです。近頃では野良猫に餌をやってはいけないというふうな風潮が主流のようですが、やはりそこは人情とでもいいましょうか、駄目だとわかっていても、つい飢えた子猫がにゃあにゃあと泣きながら近寄ってくれば、手を差しのべてしまう人達がこの地域にはまだまだ存在しているようです。

それが是か否かということを私はいうつもりもありませんし、そのようなどちらの言い分もわかるような案件は、正直是か否かなんて決められません。ただ一つ言えることは、どの角度からその事実を見るか、ということに尽きると思います。

人間至上主義という観点から見ると、エサなんてやらないほうがいいとも言えますし、人間もこの自然界の一員に過ぎず、その権利は猫や犬、そして全ての動植物と平等であると考えるならば、自然を破壊し発展していった人間が、申し訳なさから施しを与えるということもあるうるわけなのです。

 

この国は今、少子化が問題になっているようですが、私個人の意見としましては少子化は多いに結構なことだと思っています。たしかに目先の経済的な面だけに目を向けると、少子化は大きなダメージとなるのはたしかなことでしょう。

しかし人間はすでに便利を通り越して横着を求めるところにまで来てしまっているような気がしてなりません。

原発なんかも賛否両論あるみたいですが、人口が増えすぎて電力が追い付かないから必要というのであれば、人口が減るか、各々が少しずつでも無駄な消費を抑えるというちょっとした心遣いがあれば、危険な原発を頼りにしなくとも、なんとかならないものでしょうか。

 

ところでこの国は最近韓国をよく避難していますが、よくよく聞いておりますと、その韓国の何処に怒りを感じているのかといえば、自分さえよければの精神に対してのように私は感じます。しかし私は日本人ですが、日頃の暮らしの中で、多くの日本人が自分さえ良ければの精神を発揮しているように見受けられます。極論を言えば、韓国のことをとやかく言う前に、まずは棚にあげている自分の自分さえよければの精神をなんとかするのが先なんじゃないのかと思うのです。

 

自分さえ良ければ、という考えは本当に世界に争いや不協和音を生む精神的な癌だと言っていいのではないでしょうか。

なんとか人類が同族と争うことなく、しかも異種族に必要以上の迷惑をかけないような政策を打ち出してくれる救世主的な指導者が現れてくれないものかと切に願っている今日この頃でございます。

アメリカに対し、建前は同盟国だと関係性を公にしている我が国は、実際はただの属国でしかないのが事実であります。自民党が独自にアメリカの考えを無視して政策を展開してゆくことは、私はもちろん政治の素人でありますから、想像できません。

アメリカの方針を全て否定するのもまたおかしなことだとは思いますが、その逆に全てを肯定するのも如何なものか、とも思います。勇気を出すべき時には出さないといけないと思います。

 

哀しいことに世の中には建前が大義となってふんぞり返っている人間の欲望や、相手を恐れる不安から来る自己防衛本能が歪んだ形となって蔓延しています。

それが世の中というものだ、などと悟ったようなことをいう人を私は好きになれません。本心から自分以外の誰か、何かにほんの少しの配慮を示す人が増えると、その少しの配慮はやがて大きな配慮となっていろいろと個人では成し得ない奇跡的な結果を生み出すことができるのではないかという想像を働かしてみたいものです。

 

文章力、表現力に未だ乏しいもので、自分の考えを全てうまく書けたとは思えませんが、それでもおおよそのところで日頃から自分が心の中で思っていることはなんとか吐き出せたのではないかと思います。

別にこれを書いたからといって何がどうなるわけでもありませんし、そもそも私は人様に与える影響力などとは無縁の孤独な中年でしかありませんので、こういった文章もただの自己満足でしかないということをどうかご理解願いたく思っている次第でございます。

 

さてと、戯言はここら辺にしておきまして、現実の猫のゲロ掃除に取りかかろうと思います。