よろず無駄無し屋

出たとこ勝負な文章ゆえの生々しさ

欲に乗る

こんにちは。

おかげさまで特に深刻な悩みに苛まれることなく、暢気な日々を送ることができている無駄無し屋です。

本日も、書いていこうと思います。

 

はい、それでは突然ですが、欲に溺れるという言葉を皆様も御存知かと思います。はっきり言って良いイメージではない言葉ですね。欲に溺れる人だなんて形容されると、自分が駄目な人間だとの烙印を押されたようで、常識的な神経の所有者であれば、ガックリ&自己嫌悪に陥ることまず間違いないのではないでしょうか。

しかし、この言葉はですね、欲が悪いと言っているのではなくて、溺れることが悪いのだと言っているのですね。少なくとも私はそういうニュアンスでこの言葉を解釈しております。

仏教の教えでは煩悩からの解脱、つまり欲を手放した状態を最高の境地だとしています。理屈の上では素晴らしいことですね。私なんぞには理解しかねる高尚な教えです。

が、しかしですね、それはあくまでも、仏教という一宗教の中の最高の境地ではあるのかも知れませんが、それが人間の普遍的な最高の境地かと言えば、違うと言わざるを得ないと私は個人的に思うのです。

 

結論から言いますと、欲に溺れるのも、欲を手放してしまうのも、不器用なやり方であり、本当の人生巧者は欲を上手に乗りこなしているように見受けられます。私はサーフィンをしたことはないので、これはあくまでも憶測の域を脱しないのですが、おそらくサーファーが待つ波を、欲に置き換えてみると解りやすいのではないでしょうか。

 

波に乗るのも欲に乗るのもスムーズに事が運ぶという点においては同じことだと思います。問題は上手に乗りこなせるかどうかという点だけでしょう。欲というものは一言でいうと「原動力」であります。この力に溺れてしまわずに、捨ててしまうなんて早まらずに、じっくりと練習をして上手に乗りこなせるようになると、世の中の現実的な願望の殆どは成就するのではなかろうか、と思ってみたりするのです。

 

こんなせわしない現代ででも、時にはゆっくりと、一人で「欲を上手に乗りこなすとはどういう状態のことをいうのだろうか?」などと考えてみるのもいいかもしれませんね。

 

欲望のコントロールとか付き合い方というと分かりやすいのではないでしょうか。


f:id:mudanashiya:20190928124941j:image